社長のブログ

北海道当別町にある辻野グループの社長ブログです。

 
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味噌作り

今日は味噌作りを行いました。

大豆は当別産。麹は当別米を使って帯広でつくりました。
2日前から大豆をうるかしたりと、準備をしてありました。今日はその続きを参加者と行いました。
まずは麹をフードプロセッサーで細かく砕きます。

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大豆をミンチにします。

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パスタのように大豆がひも状になって出てきました。

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粉砕した麹とミンチした大豆と塩を混ぜ、手で練ります。

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用意した樽の中にビニール袋を入れ、その中に練りあわせた大豆をいれます。
消毒としてあらかじめビニールと樽は焼酎で霧吹きします。
練った大豆は樽の中に手で投げつけるよう入れます。これがまたストレス解消になります。

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プラスチックのふたを入れ、その上に水を入れた袋で重石します。

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この味噌は一年後に切り返しをするそうです。講師の先生がサンプルとして一年前に作った味噌を持ってきてくれました。これをミンチにかけてまた樽に戻します。

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今日はチームに分かれて全部で5樽作りました。
それぞれ樽にチームの名前を書いて、会場横の倉庫に保管しました。一年後にまた、チームで切り替えし作業をする予定です。
作業を終えてぶた汁で昼食会。

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続いて番外編としてしめ縄作りを行いました。

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材料はスゲです。
「みつあみ」のようにスゲを回転させながら縒っていきます。

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完成品です。
本来は足を使いながら一人で作るそうですが、今日は2人1組でしたので、割と簡単にできました。
縁起物ですね。

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最後に集合記念写真撮影。

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断熱カーテン

先日、知り合いのカーテン屋さんを訪問しました。
「断熱カーテン」を探していたからです。

住宅の中で一番熱が逃げるのは窓。窓を覆っているのがカーテン。

ということで、断熱性能を重視したカーテンはないのかな?と思っていましたら、このカーテン屋さんの社長さんがありますということで早速、お店を訪問しました。

お店はオーダーカーテン専門店【TEXTILE Messe】テキスタイル・メッセ 札幌市西区発寒7条9丁目4-33札幌木工センター1階 TEL 0120-69-7231

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こちらのお店ではカーテンの縫製をやっています。

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早速、断熱カーテンのサンプルを見せてもらいました。生地の裏に特殊コーティング、植毛加工などを施し、4重構造になっています。さわり心地はまさにヒートテックでした。
お値段のほうも特に高くもないという説明でした。デメリットと言えばデザインの種類が少ないことです。

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冷気がカーテンの隙間から出てくるとあまり意味がありませんが、カーテンで断熱しようと言う試みは意外と少ないような気がします。

スマートグリッドハウス

昨日たまたまとある講習会にて認識を新たにしたことがありました。
それは「スマートグリッドハウス」という考え方です。
必ずしも私の認識は正しくないかも知れませんがこういう事です。
下に簡単にスケッチを描いてみました。

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*基本的には家庭のエネルギーを電気を主体にします。
*電気の供給には太陽光などなるべく自然エネルギーを利用します。ガスコジェネレーションも導入します。
*ピークとなる電力消費量をスマートメーターというコントローラーで減らします。スマートメーターは通信機能を持ち、エアコンや照明、温度計、セキュリティ機器などの制御まで行うことができます。
*分散電源を利用します。例えば、太陽光発電で余った電気をプラグインハイブリッドカーのバッテリーに溜めるとか。
*消費電力はデータ化され、見える化されています。

などなどです。
確かにエネルギーを電気主流とすることにより、制御や情報化がやりやすくなることはあると思いました。
スマートグリッドは一般的にはより広範囲な町や地方、国単位で考えることの方が多いようですが、それらを構成する基本単位の住宅についてその考えを応用するということです。

みそづくり体験

今週の土曜日、11月28日、10:00~14:00の日程でみそづくり体験をやります。
場所は旧東裏小学校、用意するものはありません。
参加費は未定ですが、1000円くらい見ておいて下さい。
主催は「当別町田園文化創造協議会」
申し込みは私、辻野までメール(tobe-tgs@mvb.biglobe.ne.jp)やブログコメントでいただ
ければよろしいです。

第23回まちなか暮らし研究会~エコ編~を行いました。

今日のテーマは「ダッチオーブンの料理方法」
札幌市白石区の秀岳荘さんのご協力で、開いてもらいました。

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そもそも私自身はダッチオーブンについてあまり詳しくありませんでした。
当社、営業マンの中野との話の中で、たまたま、現在営業中のお客様がダッチオーブンに興味があるので、そのお客様のためにまちなか暮らし研究会で「ダッチオーブン」をやろうと言うことになりました。残念ながらそのお客様は欠席でしたが、13名の参加で意外と盛況でした。

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まず、ダッチオーブンとは何かと言うことですが、簡単に言うと「オーブン」だということです。
そもそも「オーブン」ではどんな料理を作るかと言うと、パンやピザやローストビーフです。ですからダッチオーブンではそれらが全て作れると言うことです。

次にとても興味深かったのはダッチオーブンには手入れが必要と言うこと。
その手入れを「シーズニング」と言います。

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「シーズニング」とは鋳物製のダッチオーブンを使用前使用後にオリーブオイルなどでコーティングをする作業のことです。そうしないとさびてしまい、ダッチオーブンの耐久性が劣るのだそうです。

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ダッチオーブンの使用時には熱いので耐熱手袋が必要です。

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ダッチオーブンは万能なべみたいなものです。
ダッチオーブンは野外での利用が得意なので、スモーカーとしても使えます。

今日の講習会では市販のソーセージを追加スモークする調理過程を実演しました。

まず、ダッチオーブンの中にアルミホイルを敷き詰めます。

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次に湿らせた桜のチップを入れます。
乾燥しているとすぐ燃えるので一度、チップを水に浸し、手でぐっと握り水気を落とします。

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次にソーセージを乗せる網の台を中に入れます。ちなみにこのダッチオーブンは直径12インチタイプ。
網の台は別売りです。

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どんどんソーセージを載せます。

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ふたを閉めて・・・・
弱火にして、煙が出てくるのを待ちます。

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ダッチオーブンでは通常、内容物に対して、上部からも熱を与えます。今日はトーチランプを使い、上から加熱しました。その他、ふたの上に炭をおくこともあります。上からの熱9に対し下からの熱1という考えもあるそうです

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別なダッチオーブンで小麦粉生地のピザを作っていました。試食しましたが、生地がもちもちしていて手作り感覚いっぱいでした。

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そのうち、ソーセージもできてきてこちらもみんなで試食。

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ということで今日はダッチオーブンのさわりについて勉強しました。ダッチオーブンは現代的には不便ですが、アナログ的な便利さがある道具です。
どんな料理が可能かどうかを見極め、いずれ購入したいと思うグッズでした。

ちなみに後日、こんな情報も別な方から頂きました。

南部鉄器のダッチオーブン


ということで次回、第24回まちなか暮らし研究会~エコ編~は12月18日(金)18:00~北海道環境サポートセンターにて「来年はこだわり野菜を作ろう」というテーマで行います。

参加料500円。
終了後、懇親会も予定。
連絡先は辻野建設工業㈱営業中野(0133-23-2408)までです。
よろしくお願いいたします。



ある日、森を見に行く

先日、当別町の奥、道民の森手前にある町有牧野の植林現場を見てきました。

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そもそもは採草地であった9へクタールをユンボで地ならしして、とど松を植林しています。植林は5~6人を1班として、一人当たり1日400本を手で植えるそうです。
ちょうど前日にまとまった雪が降ってしまったので、見づらいのですが、3年生のとど松が規則正しく植林してありました。

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これらの木は6~7年後に間伐されます。間伐されずに残るのは7割程度。その後も6~7年おきに間伐や枝払いを行います。
また、最初のうちは周りの草が成長が早く、苗木周りの草払いも必要です。

植林や伐採、管理をする上で林道が必要です。

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民主党政権になり、林業はてこ入れすべき業種になっています。林業に近い業種といえば土木業です。なぜかと言えば、林業に必要なユンボやブルなどの重機を持っていることや、労務者をかかえているからです。
私達、建築業は川下的には林業に関係しているものの、林業に参入するにはハードルが高い業界です。しかし、林業と接点を持つことはお客様の家づくりに対する理解度を高めたり、家づくりのプロセスに付加価値を付けることとなり、意味ある事と思っています。
ですから辻野建設工業として何らかの形で林業とかかわりの持てる方法はないかと思い、林業の現場を視察したしだいです。

中国大連旅行を終えて

2009年、11月11日から14日まで中国遼寧省、大連を訪ねました。
空港からホテルまで、バスの窓からの町並みを見た時、その第一印象はロシアでした。時折北海道のテレビで映るサハリンの建物、あれによく似ています。建物のスケールや形、色合いなどがサハリン風です。この地方は歴史上、おそらくロシアとのつながりが深いのでしょう。
続いて感じたのは道路の広さ。片側3車線であるということ。その広さに日本にない異国を感じ取りました。今、大連では月に6000台も車が増えていて、それは誰も予想しなかったことだと思いますが、やはり道路は最初から大きく作っておくべきであると思いました。日本では後で道路を広げたりと計画性に乏しいと思いました。

こんな事を考えているうちにバスは大連市内に入りました。ガイドさんの説明を聞き、自分の認識と大きく違った事は日本が戦前、いかにがっちりとこの地方を統治していたかということでした。大連市内では満州鉄道関連の建物が多く残っていて今でも現役として使われています。
建物にとどまらず、道路や線路が日本の占領時代そのまま、あるいは改良して使われています。
日本史の教科書には書いてあるのでしょうが、実際に訪れると日本の支配が圧倒的であったことを実感します。
大連は戦場でなかったがために反日感情は少ないという話を聞きましたが、その支配の強さと戦場であった地域での感情を推し量ると少し複雑な気がしました。

昨今の中国の経済発展はすごいということは聞いていましたが、実際に大連を訪問してみると確かに30階建てくらいのマンション現場がいくつもあり、活気を感じました。更にビルを解体したがれきの山がかなりの面積であり、そこはこれから再開発されるそうですから、まだまだ、大連は変わりそうです。
今の中国の経済成長は投機が入り交じったある種のバブルで、いずれ崩壊すると言われていますが、その後また、成長をし始めることは間違いなそうです。

さて、中国では貧富の差が大きいという話は本当でした。
月給1万円の低所得者から200万円の高級取りまでいて、低所得者は今回訪れた革工場の労働者などで、高給取りは役人や不動産業者、IT経営者です。
共産党の一律支配により健全な競争が形成されていないことも理由でしょうが、私が思うに格差が大きい理由は人の多さだと思います。人があまりにも多いために公平なルールづくりが追いついていないのではないかと思います。
とても安い人件費の方がいると言うことが、一人一人の人権が日本より過小評価されているような気がしました。
人の多さが声の大きさ、行列への割り込み、挨拶のなさ、交通マナーの悪さなどにも反映している印象を受けました。
一方で中国の人の多さは一人一人のバイタリティーの多さに通じるものがあります。少しでも他人より抜きんでようとするエネルギー、他に頼らない自立性や独立心、図太さこそが今の中国発展の原動力になっていると思います。
そんな中国を見る中で私が感じたことは日本人の優位性としてのチームワークでした。
日本人なら相通じるあうんの呼吸とか、相手を思いはかることによる余計な摩擦のなさが日本人の優位性です。
これからの時代に日本が中国と互して勝つためにはその日本人ならではの優位性であるチームワーク、チームプレーの良さを活かすべきと強く感じました。

一方で今後、日本人が中国人といつも競争するスタンスが良いかと言えばそうではないと思います。できれば協調することができれば良いわけですが、そのためには意思の疎通、つまり言葉が大事だと思います。多くの中国人が日本語を話せたり、多くの日本人が中国語を話せたりすることがとても大事で、そのためには若者の活躍が欠かせないと思います。多少、時間はかかりますが日中の若者同士の交流はとても重要と思いました。

余談ですが、13日に同行案内して頂いた美人の中国女性に、中国の女性の社会進出や子育てと仕事との両立について聞いてみました。
中国では女性の社会進出も進んでいるようで、男女の賃金格差はさほどないと言うことです。子供が生まれると3ヶ月ほど育児休暇を取り、職場復帰をする。子育ては…と言うと少子化ですから親が田舎から出てきて面倒を見てくれると言うことでした。

さて、今回の視察は日中経済交流の可能性を当別町の経済人として考えてみるという目的であったと個人的に理解しています。
経済交流の一つは輸入。
人件費の安さを見ても輸入メリットはあるように思えました。やる気があれば情報不足というハードルを乗り越え、ビジネスチャンスはあると思います。
次に輸出ですが、これは輸入よりは難しいかも知れません。
輸入(=買ってあげる+お金を払う)より、輸出(=買ってもらう+お金をもらう)という立場の方が、交渉上、不利な気がしますが、中国の富裕層は確実に増えており、彼らをターゲットとしたビジネスチャンスは今後多いにあり得ます。その中でもよりリスクの低いお金のもらい方は観光だと思います。
ですから今、日本の政治で議論されている千歳空港の中国便発着やビザなし渡航などの規制緩和は積極的に進めてもらいたいものだと思います。

中国のテレビニュースに字幕スーパーが出ていたのでずいぶん親切だなと思っていたところ、あれはアナウンサーの言葉が通じない地方があるので、文字でカバーしていると、ガイドさんに聞きました。中国はそれほどその場所場所で全然違うので大連を見ただけで中国を語れません。
大連は田舎で親日でおとなしい人が多いそうですから、別な場所を見るともっと過激な印象を受けていたかも知れません。
得体の知れない隣国中国、しかし、避けて通るより、もっと積極的に知り、関わろうというする姿勢が当別町の経営者にも求められていると思います。

中国大連にて

先週の九州から引き続き今週も視察旅行となっています。
といっても視察先は中国の大連市。
当別町商工会の主催です。
中国でパソコンがつながるかどうかが心配でしたが何とかつながりました。ルームナンバーともうひとつパスワードを聞いてくるのでホテルに聞いた番号を打ち込むとヤフージャパンが現れました。

大連は中国遼寧省で、瀋陽市に次ぎ人口620万人の大都市。

空港からホテルに移動するバスから見える中高層の集合住宅街。
思ったより整然とした感じですが、日本よりにぎやかさというか派手な感じはありません。

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近年中国の経済発展は目を見張るものがあり、当別町というしがない日本の小さな町に町にとっても何か影響があるものだろうかというのが、今回の視察の一つの目的です。

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旧日本時代の古い建物がどんどん壊されており、そこに新たな再開発事業が行われています。

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九州旅行~最終編~

11月6日、熊本から門司港へ
門司港ホテルと言うホテルに宿泊したのですが、後でわかったのはこのホテルが世界的に有名な建築家、アルドロッシの作品だったと言うこと。
もう少し、よく観察しておけばよかったと思い、少し後悔しました。

門司港駅周辺には大正初期のレトロな建物が集積していて、門司港レトロと銘打ち観光スポットとして売り出しています。

門司港駅。
建物はとてもレトロですが背広姿のサラリーマンが普通に出入りしているのがおもしろい。
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旧門司三井倶楽部。
大正10年(西暦1921年)、三井物産の社交倶楽部として建築。平成2年、JR門司港駅前に移築・復元されました。
レトロ建築物は意外と派手なデザインです。
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旧門司税関。
現在は喫茶店や展示室が入っています。、2階はギャラリーと関門海峡を望める展望室となっています。
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次に門司の裏路地を歩いてみました。
商店街の裏側に木造三階建ての古い町並みがありました。
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ホテルの対岸は下関。
関門海峡に面して潮の流れを表示する電光掲示板がありました。
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門司を出て、関門橋をわたり、宇部市に入り視察を行いました。
視察先はエムシーファーティコム㈱さん。
三菱系の化学肥料製造企業です。

こちらでは肥効調節型肥料といって、化学肥料をコーティングの膜で包むことにより肥料成分の溶出速度を調節し、適切なタイミングで植物に栄養分を補給するタイプの肥料を製造しております。

また、追肥省力型肥料という速効性肥料と緩効性肥料を組み合わせた省力型肥料も製造しております。
最近の農業は大規模機械化しており、肥料を散布するために畑に入る回数を少なくすることが求められております。
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九州旅行、最終日は山口県のみの観光。

瑠璃光寺。
大内氏全盛期の文化を伝える寺院であり、五重塔が国宝。禅宗様(唐様)が採り入れられている。

常栄寺雪舟庭。
大内家に引き続き、毛利家の菩提寺で、庭園は、今から500年前、画僧雪舟が作ったそう。

裏庭は山を借景に低めの構築物でおさめてあり、刈り込まれた松により水平ラインが強調されています。表庭は石庭で深く刻まれた石筋が日本人的ワビサビ感を彷彿させます。

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ということで4泊5日は結構長かった。
しかし、せっかく見てきた事柄を何か次に活かせるよう、取り組んでみたいと思っています。


九州にて

熊本から北九州へと移動してきました。
昨日は観光が主でした。

午前中、熊本城を見学。
熊本城は安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて加藤清正が築き、その後、細川氏の居城となり、西南戦争で一部の建物を残して天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失しました。
1960年(昭和35年)の熊本国体開催と築城350年を期に大小天守と平櫓、塀などを再建し、2007年、築城400年を迎えました。
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今回注目したのは本丸御殿大広間(ほんまるごてんおおひろま)。
平成15年から20年にかけて修復された藩主の居間、対面所(接客の場)や台所等の機能が備わった建物です。

「大御台所」
2つの大きな囲炉裏(いろり)があり、土間には竃(かまど)があります。
小屋裏は煙出しのある吹抜けとなっており、巨大なアカマツ丸太を使った小屋組みです。
私的には最近、竈(かまど)に関心を持っています。
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柱と梁の組み手の模型は確か「腰掛け鎌継ぎ」でしょうか。
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「大広間」
「鶴之間」(60畳)から奥に「梅之間」「櫻之間」「桐之間」「若松之間」と続き全部で130畳。
奥に向かうほど格式が高くなります。天井の高さが高いほど、あるいは天井の細工が凝っているほど格式が高いと言うことです。
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「昭君之間」
本丸御殿の中でも一番格式の高い部屋で、藩主の居間であり、対面所(接客の場)としても使用されたと考えられています。
室内は床の間や違い棚、付書院などを持つ書院造りとなっています。
壁や襖などには中国の前漢の時代の話で、匈奴(現在のモンゴル)に嫁がされた悲劇の美女、王昭君の物語が描かれています。
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引き手金物や釘隠などの細工に職人技や日本人的繊細さを感じました。
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「茶室」
何気ない質素さやわびさびを表現することは建築施工的にはとても手間がかかることですのでこの茶室はとても贅沢な空間と思います。
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次に移動して同じ熊本市内の水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)。通称、水前寺公園。
池の水はわき水です。桃山式回遊庭園で東海道五十三次の景勝を模したそう。
熊本藩の初代藩主細川忠利が寛永13年(1636年)頃から築いた「水前寺御茶屋」が始まり。
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富士山をかたどった築山。
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熊本市から今度は西南戦争の田原坂(たばるざか)を訪問。
田原坂の戦いは西南戦争の中でも最も激戦で、結果は薩軍が敗退しました。
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私はよく知りませんでしたが、西南戦争(せいなんせんそう)は、1877年(明治10年)に現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主にして起こった日本最大最後の内戦。7ヶ月にわたり何度となく官軍と薩軍の会戦があり、官軍死者は6,403人、薩軍死者は6,765人に及んだそう。
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田原坂は現在も道路になっていて、バスでそこを通りましたが、当時の様子がリアルに伝わってくる気がしました。
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ここからは視察研修。
辻野商店で扱っている「クロロゲン」という液体肥料を作っている「玉名化学」さんを視察しました。
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試験室があり、年間1000点ほど製品や土壌、植物の成分分析を行っています。
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社員の方がリン酸成分を比較する着色試験を見せてくれました。色が黄色いほどリン酸成分が多いそうです。
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ということで、熊本のメーカーさんの視察を終え、今は北九州市の門司港のホテルでこのブログを書いています。


九州の農場視察

11月3日から九州に来ています。
取引先が九州の農場視察と肥料工場視察を企画し参加しています。
火曜日に鹿児島に入り、土曜日に山口から帰るという九州縦断北上ツアーです。

夕方鹿児島入りしました。そこから霧島へ移動し、その道中に見た桜島の遠景です。
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霧島神社で参拝。
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ホテルの窓から。ここは標高777㍍。
霧島は湯煙があちこちで上がっている温泉地でした。
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視察初日。
九州は農業が盛ん。そこで活躍している農業法人を視察しました。
新福青果さん。宮崎県、都城で94㌶、283ヶ所の農地を耕作しています。
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社長の新福さん。
32年前に脱サラし、農業を始めました。里芋とゴボウを中心に野菜を生産しております。
売り先は生協やジャスコ。
産直、法人化、新規就農受け入れ、1次加工、2次加工、高齢者雇用、堆肥利用、輸出、機械の開発など次々と新しい取り組みをされてこられました。
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農業の見える化と言うことで畑にセンサーとパソコンを持ち込み土の状態を把握し、過去の履歴を元に施肥設計をするなど、勘と経験をデータ化しようとしています。
パソコンは土に水に弱いので軍事用に近い小型パソコンを導入しているそうです。
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今後は限界集落ごと農地を取得、大手スーパーや農業ファンドによる増資などを計画されているそうで、持続可能な企業としての取り組みを加速させると言うことでした。
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昼食会場は霧島酒造さんの霧の島ブルワリー。霧島酒造って大きな会社なんですね。
霧島裂罅(れっか)水という地下水の水くみ場には行列が出来ていました。
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工場や敷地はデザイン的にもきれいで、観光スポットとしても成功しているようです。
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霧島創業記念館「吉助」。
大正時代に創業した建物を移築しました。
玄関を入ってすぐの広い土間は店舗として使われて、その奥が住居となっており、大正時代の商家の佇まいを色濃く残しています。
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午後の視察は熊本県八代市の農場。平成14年に法人設立したTACやつしろ。6件の農家が起業し、今では50㌶以上の農地を耕作しています。
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キャベツとレタス、メロンを生産しています。
八代はそもそもい草の産地でしたが、住宅着工減や中国産い草の輸入などで転作を迫られていたそうです。
そこで始めたのがレタス栽培。当時、この地域ではレタス栽培は不適とされていました。
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施肥方法と輪作体型を工夫し(レタス→レタス→スイートコーン→水稲)、売り先をしっかり確保し、高収益な農業を実現しています。
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以上、視察旅行はまだ半ばですが、熊本アークホテルでこのブログを書いています。

当別田園住宅の住人集会

今日は午後6時から久しぶりに当別田園住宅の住人集会を行いました。
約40名の参加でした。

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既に済んでいる住人の方々のほかに、今年4月に就任した新しい金沢町内会長さんやこれから田園住宅に住もうとしているご家族の方が参加しました。

私のほうからはこのプロジェクトの現状とこれから当社が取得しようとしている土地のこと、私が知っている範囲の行政の動きなどを説明させていただきました。

その後、奥様達がつくってくれたカレーライスを食べながらほのぼのとした雰囲気の中で7時ころまで交流をしました。

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当別田園住宅が未来に向かってよりよく発展してくれることを心から願っています。


湯たんぽ

今日、スーパーに出かけ、何気なく買い物をしていると目に留まったのが「湯たんぽ」。

先日のまちなか暮らし研究会~エコ編~で気になったあの湯たんぽが一つのコーナーに集結しているではありませんか。
湯たんぽにこんなに多く品揃えがあるのか!という驚きと研究会での学びを実践してみたい!と言う気持ちが同時に発生し、迷わず購入しました。

お値段は1980円。
かわいらしいカバー込みの値段です。ちなみにこのカバー早速、小2の子供が頭にかぶりました。

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蛇口から出るお湯で1時間ほど温まることができました。
なるほどなるほどいいもんでした。

講演会「中村好文さんのエコで愉快な暮らし」に行きました。

昨日は「中村好文さんのエコで愉快な暮らし」という講演会に行きました。

建築家であり家具デザイナーの中村好文さんのエコな小屋暮らしについて聞くことができました。
雨水利用や七輪キッチン、離れの風呂小屋、風力発電や太陽光発電などなど自給自足的な暮らしの実践報告でした。
優れものの集水器やポンプ、狭い空間を効率的に使う工夫はとても興味深いものがありました。

中村さんは安藤忠雄や伊東豊雄のように著名になることを望んでいるのではなく(既に著名だと思いますが・・・)等身大の自分を大切にしていると言います。

更に中村さんは「enkel」と「patina」という2つのキーワードについて語りました。
「enkel」はスウェーデン語で普通でちょうどいい、patinaは英語で緑青つまり時間経過によって生まれる味わいという意味だそうです。
中村さんはこの2つの言葉を大切にしているそうです。

建築家と言うと概念を形にする仕事ですから、ともすれば難しい言葉を使うことが多い中で中村さんはフレンドリーで親近感の持てる語り口、お人柄でした。

定員200名のルーテルホールが満員で当日参加の私は危うく入り損ねましたが、数少ない空席で公演を聴くことができ、ラッキーでした。


プロフィール

Shacho

  • Author:Shacho
  • プロフィール
    氏名:辻野 浩
    辻野建設工業(株)他関連会社4社 代表取締役
    生年月日:昭和36年10月29日
    連絡先:0133-23-2408(会社代表)
    住所(会社):北海道石狩郡当別町末広380番地
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